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2008年1月16日 (水)

日本核武装論?

#集中テーマである「科学技術・人文社会」からは少し離れるが・・・

このところ、一部政治家だけではなく学術関係者にも核武装論をぶち上げる一派がいる。もともと、戦後の55年体制が敷かれたときから、自衛隊・国防セクターの復活はGHQのポスト占領政策に組み込まれていたので、防衛技術がABC兵器対策(攻撃兵器の製造ではなく外部からの攻撃を想定した守りの技術)へおよぶのは必至だったであろう。

中曽根元首相あたりから、国防タカ派の意見が国際外交にまで影響を及ぼしはじめたが、これに先立つ70年代には、原子力・宇宙・情報通信の大型技術が米国から日本へ移転されているので、この技術開発ロードマップの策定と同時に、核も含めた国防セクターのガバナンスを調査したのであろう。

核兵器の製造ができるかどうか、という設問は、原発や原子力研究機関をいくつもっているか、どんな技術開発施設を保有しているか、という以上に、兵器の部分部分をアセンブリーして、どこにどの程度、どのくらいの期間で配置させるか、地域とのかかわり、中央の統制をどのようにしくか、という軍備社会学とでもいえるようなソフト(思考)面での洗練が必要となる。

諸外国や日本国内でもよくされる質問に、「日本は3ヶ月で核兵器保有が可能なのか?」というテーマがある。どこかの国の日本人駐在大使が、「やろうとおもえばそのくらいでできる」と発言したのを、世の中が真に受けて命題として一人歩きしている言説であるが、おそらく、これはできないであろう。人間、必至な状態に追い込めばなんでもできる、という俗な皮算用を、大物政治家気取りの役人が利用しているだけのことである。

高速増殖炉によるプルトニウム抽出やウラン燃料高純度化など、潜在的には核弾頭につながる技術を保有しているのは間違いないが、膨大な国債を発行し、ハゲタカ外資に操られんばかりの日本証券株式市場をそれでもまがりなりに維持し、公定歩合低金利時代をまだまだつづける日本には、ちゃちな核弾頭を一つ二つ保有することでカントリーリスクを下げている余裕はないのである。

「人間必死になれば核弾頭でももてる」というのは、おとなりの朝鮮半島某国やもはや戦争間際のイランのように、国民全体がとんでもない状態におちいっていないと出てこない言葉である。日本人がそういう方向に進みたいとは思っていない、ということが、核武装論者の頭の中にはまったくない。

「日本は数年内に核開発も」=1974年のCIA機密文書-米
(時事通信社 - 01月15日 21:01)

 【ワシントン15日時事】米中央情報局(CIA)が1974年8月の機密文書で、日本が数年以内に核兵器や弾道ミサイルを開発することは技術的に可能と分析していたことが15日までに分かった。日本の核保有の意図については、核拡散が深刻化した場合に決断する可能性があると指摘しながらも、国内世論の反対の強さなどを理由におおむね懐疑的な見方を示している。


 米民間研究機関「ナショナル・セキュリティー・アーカイブ」が、このほど最高機密指定を解除された文書を公表した。 

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